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第1079話

Author: 宮サトリ
由奈の率直な言葉に、沙依は思わず身をすくめた。

「いえ......ただ、尾崎さんが普段どんなお仕事をしてるのか気になって......ちょっと聞いただけです。怒ってませんよね?」

「怒る?なんで?」

由奈は苦笑して首を振った。

「ほら、この資料、処理お願いしますね」

引き継ぎというのは、聞くだけじゃ意味がない。

自分の手を動かして覚えてもらわなければ。

できるだけ早く覚えてもらって、自分は一刻も早く会社を離れたい。

退職が完了したら、すぐに帰国のチケットを取るつもりだった。

もう何カ月もひなのと陽平を抱きしめていない。

二人はもう母親の顔を忘れてしまっているんだろうか......

気づけば、思考は遠く異国の空に飛んでいた。

退職が承認されても、引き継ぎ期間中はしばらく残らなければならない。

その日も、業務報告のために由奈は沙依を連れて浩史のオフィスへ向かった。

緊張で固まる沙依は、由奈のジャケットの袖を小さくつまんだ。

「大丈夫かな......社長室なんて初めてです」

「平気ですよ」由奈は笑って言った。

「社長ってね、ちょっと顔が怖くて、機嫌が悪そうに見えるだけ。それ以外は、意外と普通の人ですから」

その言葉を言い終えるか終えないかのうちに、タイミング悪くオフィスの扉が勢いよく開いた。

冷たい、けれどどこか耳慣れた声が響いた。

「顔が怖いって?」

由奈は一瞬で固まった。

沙依の顔色は、見る見るうちに青ざめた。

まさか、本人に聞かれるとは。

由奈は心の中で頭を抱えた。

まぁ、いまさら取り繕っても仕方ない。

今までだって何度も陰であだ名を呼んでたし、彼はあのときも呆れただけで、怒りはしなかった。

そう、浩史は見た目ほど怖い人間ではない。

「何の用だ?」

彼の視線が、由奈の後ろにいる沙依を一瞥し、すぐに戻った。

「報告に来たんです。......あ、そう」

由奈は慌てて後ろの沙依の腕を引き寄せた。

「こちら、私の後任者です。大内沙依さん」

いきなり名前を呼ばれ、前に押し出された沙依は顔を真っ赤にした。

こんな至近距離で、雑誌の表紙みたいに整った顔を見たのは初めてだった。

「社長......よろしくお願いします」

彼は短く頷いた。

「うん」

そして再び由奈に視線を戻し、少し冷たい声で言った。

「入れ」
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